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シンガー/ソングライター、ピース・アクティベスト 13歳の頃から、日本のフォーク、ニューミュージックにはまりギターに夢中になると同時に曲も書きはじめる。邦楽のコピーやサイモン&ガ−ファンクル、ボブディラン、ニ−ルヤングなどにはまり、以後は洋楽に傾倒していく。いつしかアメリカ人になりたいと思いはじめる。 98年以降、活動は主にロスアンジェルス、ハリウッド周辺のストリートやクラブ、コーヒーハウスなどで、またアメリカ人のクラブバンドやロックバンドに参加、売れないながらもキャリアを重ねる。プライベートパーティ等での演奏も多い。 02年8月6日から9月11日にかけてからロスからニューヨークへ旧道ルート66をたどりながら平和を歌うツアー“千羽鶴の旅(Thousand Crane Tour)”を決行。各地で演奏を続けながら、最終的に日本からの応援も含め約10,000羽の千羽鶴を国際貿易センター跡地グランドゼロに届ける奇跡を実現。 以来全米各地でコンサートやワークショップをひらき、音楽を武器に平和を訴え続けている。特に最近はネイティブアメリカンの音楽や文化、また日本の和太鼓などもとりいれ、新しい境地を開拓中である。 04年現在、アリゾナ州フィニックスおよびセドナに拠点を移しソロ活動のほかにネイティブアメリカンはじめ、さまざまな違うスタイルや文化のミュージシャンやダンサー達とのコラボレーションなども増え、精力的に活動を続けている。 ところで、たぶん多くの人が感じることだろうが、外国にいると逆に日本人としてのアイデンティティを探しはじめる。アメリカにきてから日本にいた時には考えなっかったことをたくさん考えた。自分という存在について、世界について、、、、。世界はあまりに広く、違った文化や考え方、生活習慣が存在する。そんななかで争いのない世界にするためにはまず、相手を理解しなければならない、だからルート66を行くここでよりこの国をもっと学べると思った。歌(音楽)はすべてを結ぶと思った。そして、この旅は、僕に賛同してくれる仲間達との強く、深く、あたたかいメッセージになると思った。 アメリカに来て8年のあいだに音楽的にも人間的にもたくさんのことを学んだ。音楽がいかにすばらしいコミュニケーションの道具か、そして、信じるエネルギーがかならず願った結果をもたらしてくれることを。大切なことは、言い古された言い方かも知れないが「何よりも自分の信じた道を歩き続けること。」それは歌い続けること、旅を続けること。世界中を旅して歌い続けていきます。自分の探していたものたちと出逢うために、そして、それをわかちあうために。 あまりにも小さな自分の存在、けれどもあまりにも多くの大きな可能性をうちに秘めている自分。 そう誰もが同じように、、。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 93年、オリジナル曲”Too long Railway" が、FM 三重「きままにトゥル−ナイト」テーマ曲となる。 01年、オリジナル曲”朝日がのぼる丘にたって、、”がLos AngelesのラジオステーションRPJ(Radio Pacific Japan)「さわやかサンデー」エンディングテーマ曲になる。 02年、ロスをはじめツアー各地で、新聞、テレビ、ラジオ等でとりあげられる。アリゾナ州ネイティブアメリカン・ホピ族のラジオ局ではケンコシオのジングルが使われている。テキサス州アマリロのラジオステーション、ローカル紙など。また日本でも日本テレビのニュースで紹介される。 03年、ロスのFMステーション80.7の「Pacific Islander」でパーソナリティをつとめる。 04年、アリゾナ州フィニックスに拠点を移し、活動中!
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